ダンロップフェニックストーナメント

大会レポート|PLAYBACK 2008

11月23日 最終日

月曜日  火曜日  水曜日  第1日目(木)  第2日目(金)  第3日目(土)  最終日(日)


プラヤド・マークセンが石川遼の追撃を振り切り今季3勝目!


 タイのベテラン、42歳のプラヤド・マークセンがイーブンパー71、通算8アンダーのスコアを守り切り逃げ切りで大会初優勝を飾った。
2打差の首位でスタートしたマークセンはアウトを33、通算11アンダーまでスコアを伸ばし2位に5打の大差をつけた。インではダブルボギーをたたくなど苦戦したが、1打差で逃げ切り優勝賞金4000万円を獲得した。

 今季3勝目で日本ツアーで片山晋呉と並ぶ最多勝利数タイ。
 石川遼は68で追い上げ、2位に食い込んだ。4打差3位スタートの石川は5バーディー、2ボギーと追い上げ一時1打差まで追い上げたが、及ばず、ツアー3勝目にわずかに及ばなかった。

 3位には丸山茂樹、藤田寛之、G・カスタノ(スペイン)。5アンダー5位には富田雅哉が入った。
 2連覇を狙ったイアン・ポールター(イングランド)は69、通算3アンダーの8位、アーニー・エルス(南ア)は1アンダー15位。片山晋呉は4オーバー35位に終わった。

 

武藤一彦のコラム 「マスターズにライネン、デタイデスカ?」


 マークセン、何ってことするんだ、と叫びたくなる強さ、うまさだった。石川は追っても、追っても、追いつかなかった、背中は見えた。が、さわることはついにできなかった。タイのエース、今年のマスターズに出場したアジアのトッププレーヤーは微動だにしなかった。6番パー3で1mにつけるバーディーで9アンダー、7番では10mのロングパットをほうりこみ、タフな9番パー4でも6mをねじ込むバーディーで一気に11アンダーとスコアを伸ばした。

 4打差スタートの石川は3番、4番とバーディー、6番をボギーとしたのが痛く、それでも9番で5mを入れ、カップを右人差し指で突き刺すようなポーズでガッツを見せた。しかし、順位を2位へとあげることは出来たものの、その差は5ストロークと開いた。

 結局、この大差が勝敗を分けることになった。
ただし、それはトーナメント自体のおもしろさを減失させることにはつながらなかった。ダンロップフェニックス35回の歴史、世界からはせ参じた選手たちの顔ぶれ、トーナメントのおもしろさを追求したこだわりは、その直後からゴルファーを興奮のるつぼへと引き込むのである。

 11番、165ヤードのパー3である。
石川と同じ組のスネデカーがグリーン奥に打ち込むと2打目をショートし3オンの2パットのダブルボギー。今年のマスターズ3位のトップ選手に、パーで上がった石川もギャラリーも声もなし。わずか165ヤードの、“ショート・ショート・ホール”(短いショートホール)の罠に誰もが、改めてゴルフの怖さにおびえるのだった。そして、その溜息が消えない直後、最終組のマークセンが再び罠におちるに及んでもう誰も押し黙ってしまった。

 マークセンは7アイアンで奥にこぼしアプローチも強く、グリーンを下り花道に逆戻り、3オン2パットでダブルボギーだった。ショックをうけたか、マークセンは続く12番ティーショットを左林でボギー、スタート時の8アンダーへ戻った。




 すると13番、待っていたかのように石川のバーディーが飛び出しトーナメントは混戦へと筋書きを変えていった。
 13番、ここでも「ショ ― ト」の3文字が絡んでくる。
13番332ヤードの“ショート・パー4”、石川はドライバーをグリーン左手前のバンカーまで運ぶと4mに寄せバーディーとした。7アンダー。その瞬間、マークセンとは1打差となった。背中が見えた瞬間でもあった。

 今大会、コースは様々な改造を加えた。7番パー4を5へ戻し、12番などを約20ヤード距離を伸ばした。そうした中、11番パー3と13番パー4は短さで勝負をかけ、面白さを演出していた。ゴルフは長いゆえにむずかしいのではない。
 最終日のプレッシャー、優勝の行方、女神の微笑みが見えてからが難しい。目の前にピンフラッグが見え、目標が近付くと欲が出る。
11番マークセンは欲で自滅し13番石川は欲を意欲に変えた。いずれにせよトーナメントはおもしろさを増した。

 「ドライバーで安定したショットができなかった」石川の今季2勝目はならなかった。勝てば賞金ランク3位。夢のマスターズもみえるところだったが、日本オープンに次ぐ2位、賞金ランクも5位どまり。優勝を意識しながらの”敗戦“にがっかりだ。
 15番で1mのパットを外すボギーにしたのが直接の敗因。しかし、「安定感のないドライバーがすべて。右への体重移動がうまくできなかった。そのためダウンスイングの通り道に体もクラブも乗りきれていなかった」反省が口をついた。

“4月のマスターズに出場したいですか”―外国人プレスの日本語の質問にはっと頬をあからめ意を決したように「はい。出たいです」といったのは公式記者会見。少しでもいいスイングを積み上げれば、成績もついてくる、マスターズ出場もみえてくる、と頑張った、その心のうちを初めて明かした瞬間だった。

 だからマークセンやってくれたな、よくぞ邪魔してくれたな、と叫ぶのである。いや荒っぽい、祝福と受け取ってもらわないとこまるが…。
石川が16歳で優勝した、昨年のマンシングウエアKSBカップ。その今年のチャンピオンは42歳のマークセンだった。今大会、17歳の少年・石川と42歳、タイが生んだ壮年・マークセンの熾烈な戦いはキーワードにマスターズが介在した、皮肉な運命のぶつかりあい。歴史に残るいいトーナメントだった。



武藤一彦(むとう・かずひこ)
1964年報知新聞社に入社。ゴルフは記者、編集委員を経て取材歴40年。海外はメジャーを中心に取材、2002年評論家になる。現在、新聞や雑誌でコラム、テレビのトーナメント解説を行う。日本ゴルフ協会・広報担当参与、日本ゴルフトーナメント振興協会・メディア委員会委員。世界ゴルフ殿堂選考委員を務める。


 

復活への手応えを得た自身の今季最終戦


 最終18番ホールのグリーン上で、丸山茂樹はバーディーパットのラインを入念に読んだ。首位と5打差の6位タイで最終日を迎えた丸山は、3バーディー・1ボギーとスコアを二つ伸ばして最終ホールを迎えていた。

 2000年から米ツアーに本格参戦し、これまで3勝を飾ってはいるが、ここ数年は首やひざなどを痛め、今季はついに米ツアーシード権を手放す賞金ランキング順位にまで低迷した。

 このまま米ツアーで戦うのか、日本ツアーに復帰するのか。その決断を前に、まずは自分の体とスイングを調整する道を選び、今秋からは日本ツアーに参戦していた。
 5年ほどもドライバー選びに苦労して来た。しかし、先週のアジアンツアー「バークレイズシンガポールオープン」から使い始めたプロトタイプのドライバーが、ようやくイメージに近いショットをもたらしてくれるようになったという。「アイアンショットの切れも米ツアー3勝を挙げた時以上に精度が高くなっています」とは米ツアー参戦以来、丸山のバッグを担ぎ続けて来た帯同キャディー・杉澤伸章の弁だ。

 9月のANAオープンからツアー連戦をし、スイング矯正をしながら体のケアにも全力を注いだ。7試合で予選落ちを一度喫しているものの、最高成績はブリヂストンオープンでの3位タイ。徐々に自信をも取り戻し始めていた。

 アジアンツアーからの帰国参戦はハードだったが、今大会を自身の最終戦に定めていただけにモチベーションは高かった。米国から妻と長男が帰国し、応援に駆けつけてくれたのも大きな励みになった。
洋芝のコースを見越して、サンドウェッジは以前使っていたバンスの少ないタイプに戻し、アプローチ対策をしていたことも、好成績の要因の一つにもなった。


 

 丸山の18番ホールのバーディーパットは、見事カップに吸い込まれた。日本で見せる今季最後のガッツポーズ。通算6アンダーでフィニッシュし、トップとは2打差の3位タイ。一打の重さを米ツアーで痛感して来た丸山が、その経験を生かしてのバーディーフィニッシュと言えるだろう。

「70%はゴルフが立ち直ったと思う。僕なりのゴルフを取り戻して行くために、スイング作りと体のコアマッスルを強化するのがこのオフの課題。この歳になって飛距離20、30ヤードアップするのはやさしくないので、ジョー(尾崎直道)さんのように味のあるゴルフが出来るプレーヤーになりたいですね」と丸山。

尾崎直が40代になってから賞金王を獲得していることを挙げ、来年「不惑」を迎える自分がそのようなゴルフを目指すかの「青写真」はしっかり出来上がっているようだ。
 来年1月の米ツアー・ソニーオープンへの出場が決まっているという。09年はマルちゃんの本気の巻き返しが始まる!期待しよう。


 

世界で1本しかないパターのお陰です


「九州代表」の藤田寛之が4バーディー・1ボギーの68でラウンドして3位タイでフィニッシュした。

「僕のような選手は逆転優勝なんて無理ですよ」と、前日は謙遜したながらそう話していた藤田だが、終わってみれば首位と2打差のフィニッシュ。さぞかし悔しがるコメントを発するかと思われたが「上出来ですよ。スイングに不安を抱きながらのゴルフで60台のスコアを(第2ラウンドから)3日間も出せたのですから」と藤田は白い歯を見せた。

 身長169センチ、体重70キロとプロスポーツ選手としては決して恵まれた体型ではないが、ステディーなゴルフとショートゲームの巧みさで、11年連続で賞金ランキングシードを保持している。

 ツアー界でも屈指のパット名手として知られている藤田だが、実は名手ならではの悩みも抱えていた。「ショートパットで手がうまく動かない」。いわゆるイップス病に襲われ、それを克服するために試行錯誤を繰り返して来た。
 そんな藤田のもとに大会開催週の火曜日、米国から1本のパターが届いた。パターデザイナーとして世界中にその名をとどろかせているスコッティー・キャメロン氏が藤田のために作り上げたセンターシャフトタイプだ。




「ストレートネックで、打球感が直接手に伝わって来るからインパクトの良否がわかります。また、真っ直ぐにヘッドをストロークしやすいと思ってオーダーしたのですが、まさか本当に作って頂けるとは思ってもいませんでした」
 世界で1本しかない藤田オリジナルモデルのお陰で、ショートパットのミスが回避でき、それが好スコアにも結びついた。

「パットが悪かったとしたら、パターのせいには絶対できませんよね。それが良かったみたい」と藤田はおどけて見せた。福岡県出身の藤田は、九州代表の意気込みで大会に臨み、見事3位タイの好成績を残した。

 

子供たちもトーナメント会場で楽しい一日


 フェニックスCCの試合で使用しなかった日南コース9番ホールには「宮崎市こどもふれあい広場」が設けられ、熱戦が繰り広げられた試合に負けないほどの大きな歓声が何度も湧き起こっていた。

  子供でも手軽に楽しめるスナッグゴルフをはじめ、「ふわふわボールプール」や「パンダドーム」、「ふれあい動物園」は幼い子供連れのファミリーに喜ばれていた。

 また、手作りコーナーでは親子で「ふわふわロケット」を楽しそうに作り、完成後は芝の上で実際に投げて飛ばして遊んでいた。




「普段は触れることが出来ないトカラヤギやモルモットにエサを与えたり、抱いたりと子供にとっては貴重な体験ができたと思います」と宮崎市内からトーナメント観戦の合間にこの広場に足を運んでみたという主婦は、そう話していた。

 また、広場内には託児所も設けられ、幼い子供連れの親たちに重宝がられていた。

 

Marksaeng holds off Ishikawa charge to take title


Dunlop Phoenix Tournament
Final Round Report
November 23, 2008

Thailand’s Prayad Marksaeng final round of even-par was just enough to hold off Ryo Ishikawa to win the Dunlop Phoenix Tournament by one shot. Starting out the final round with a two-shot lead at 8-under par, Marksaeng increased his lead to five shots with 3-under par outward half of 33. However, this lead was soon reduced to one-shot after Marksaeng double-bogeyed the 11th hole, bogeyed the 12th hole and Ishikawa birdied the 13th hole. That was the closest Ishikawa would get to Marksaeng on the final nine holes.

“After nine holes today, I thought 11-under would be the winning score today as I had a 5-shot lead and therefore only had to shoot even par on the back nine. But the back nine was tougher than I expected. I was not worried at all after the double bogey on the 11th hole. My ball was against the tree root, so that was too bad. Despite the double-bogey, I never worried about losing the tournament.” Marksaeng said afterwards.

Putting was the strength of Marksaeng’s game today, holing putts from the fringe of the green on three different occasions. Aside from the double bogey on the 11th hole he played very solidly during the final six holes and never looked like he was going to let the title through from his hands.

Ishikawa gave some hope to his Japanese fans when he birdied the 13th hole to get within one shot of the lead, but it was not to be his day. He will probably look back to his first round during which he had a lost ball, and also incurred a penalty shot for accidentally kicking his ball. His second place finish moved up to fifth place on the Japan Golf Tour Money List with a total of 99.7 million yen, just short of the 100 million yen target he had recently set for himself. He is guaranteed to reach this target at the Japan Series where there is no cut, and last place finish receives prize money.

“I have almost achieved my target to get to 100 million in prize money this year. Before the start of the tournament I was thinking that if I finished second, then all I would have to do was turn up for the Japan Series, and I would reach the 100 million mark. At that time I did not really think that I would finish second. Looking back at that time, now I am thinking that I should have been thinking about winning the tournament instead of finishing second.” Ishikawa said afterwards.

Shigeki Maruyama, Hiroyuki Fujita and Spain’s Gonzalo Fernandez-Castano tied for third place at 6-under par. This was Castano’s fourth consecutive appearance in the tournament and he has never finished outside the top ten.

Defending Champion Ian Poulter fired a 2-under par final round of 69 to finish in a tie for eight.