ダンロップフェニックストーナメント

大会レポート

11月22日(日曜日)

武藤一彦のコラム   火曜日   水曜日   第1日目(木)  第2日目(金)  第3日目(土)  最終日(日)  
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 優勝争いはイタリアのエドアルド・モリナリとスウエーデンのロベルト・カールソンのプレーオフにもつれ込み2ホール目、モリナリがバーディーを決め日本初優勝を飾った。

 首位スタートのモリナリは66、2位スタートのカールソンは65とともにボギーなしのパーフェクトゴルフ、13アンダーで首位に並んだ。36回を数えた大会でイタリア人の優勝は初めて。優勝者を4人しか出していない日本勢に期待がもたれたが、宮瀬博文の3位が最高だった。9年ぶり出場のビジェイ・シンは31に終わった。

 賞金レースでトップの石川遼は71、通算1アンダーの22位。同2位の池田勇太は46位。賞金レースは石川が1億6174万円で池田との差は700万円差とわずかに広がった。


通算13アンダーに並んだエドアルド・モリナリとロバート・カールソン
欧州ツアー選手がワン・ツーフィニッシュ!



プレーオフを制してE・モリナリが日本ツアー初参戦初優勝!

 欧州ツアーの昨年賞金王ロバート・カールソン(スウェーデン)が最終日のベストスコア65をマーク。通算13アンダーにスコアを伸ばし、最終組で一緒にラウンドした前日首位のエドアルド・モリナリ(イタリア)を捕らえ、勝負はプレーオフへと持ち込まれることになった。

 さすが欧州ツアー賞金王の実力。カールソンは前半でスコアを4つ伸ばし、後半に入っても安定したプレーで2バーディーを奪取。6バーディー・ノーボギーの65でフィニッシュ。だが、モリナリも今季欧州チャレンジツアー賞金王の意地を見せ、首位の座を譲らない。前半でスコアを二つ伸ばし、後半でも3バーディーを奪う。そんな両選手のプレーぶりは、マッチプレーを思わせるほどだった。「世界トップランクの選手であるカールソンと優勝争いをできるのは、良い経験になると思う。そして勝てたら最高だ」と話していたモリナリも、その実力を存分に発揮した戦いぶり。

 モリナリはプロ転向の前年、05年には全米アマチュア選手権を制している。予選ラウンドのストロークプレーでは48位タイでフィニッシュし、決勝ラウンドのマッチプレー出場64選手を決めるプレーオフで、見事勝ち上がった実績がある。そして、決勝ラウンドでのマッチプレーでも粘り強さと勝負強さで優勝を手にしたのだ。
全米アマ覇者の資格で翌06年の全英オープンに出場し、その後プロ転向。ストロークプレーの競技方式が主流の中、1対1の戦いであるマッチプレーでも無類の強さを秘めている選手だったのだ。

 今年も欧州チャレンジツアーですでにプレーオフ1回を経験しており、勝利を飾っている。そんな「土壌」もあったからだろう。18番ホール(560ヤード・パー5)で行なわれたプレーオフ2ホール目、モリナリがバーディーパットを決め、日本ツアー初参戦初優勝を手にしたのだ。



 「世界ランキング50位以内の入ることを目標にしているけれど、このビッグなトーナメントで勝てたことで、50位内に入れるかもしれない。それが嬉しい」とモリナリ。
 一方、プレーオフで敗れたカールソンは「欧州ツアー選手2人で首位争いができたことが良かったし、そのことを二人とも誇りに思いたい。(敗れはしたものの)本戦での6バーディー・ノーボギーのゴルフはベストラウンドだったよ」と自分のプレーぶりに満足していた。






宮瀬博文 4アンダー・67をマークし、日本人選手最高順位の3位タイでフィニッシュ

 首位と5打差の通算3アンダー・12位タイから発進した宮瀬博文が猛チャージした。前半でスコアを伸ばし、ハーフターン後の10、11番ホールで連続バーディーを奪取。一時は8バーディーまでスコアを伸ばしものの、首位を並走するE・モリナリとR・カールソンに突き放される形で、結局5バーディー・1ボギーの67でフィニッシュ。日本人選手として最高順位の3位タイの成績を飾った。

 最終日、試合をリードする最終組よりも4組前でスタートした宮瀬は、「首位と5打差」を逆転することに関しては、少々諦めていた。逆転優勝よりも、少しでもスコアを伸ばして、順位を上げたい!その一心でプレーしての結果だったという。

 「今週と来週とで賞金ランキング25位以内に入ることを目標にしています。頑張らないとツアー最終戦の日本シリーズには出られないからです。だからこの試合だけはフリーのプロキャディーではなく、フェニックスCCの隅々まで熟知しているハウスキャディーさんお願いすることを以前から決めていたのです」と宮瀬。風やグリーンの癖までを読み切れるのは、開催コースを仕事場にしているハウスキャディーに限る。しかし、たとえキャディー業務に長けていたとしても、1日18ホールを一緒に過ごす選手とキャディーとの相性の良否もある。

 「僕のキャディーを務めてくれた松田美香さんは、24歳と歳は若かったけれど、この道5年でベテランの域でした。安心してショット、パットに臨めたのが僕自身の最高成績(3位タイ)になったと思います。ハウスキャディーさんに感謝しています」
と宮瀬。

 92年の大会初出場から数えて計17回の出場中、予選落ちはわずか3回ながら、自己ベストは2000年の11位タイ。ベストテンに入った経験がなく「相性が悪いのか、やっぱり僕が下手だったんですよ」。

 しかし、今大会は違った。昨年から持ち球をフェードボールにしようとスイング調整に取り組んでいたが、インパクト時にヘッドよりもグリップ位置が先行するハンドファーストインパクトが強まり過ぎて、ショットの安定さに不安を覚えたのだった。それを矯正するため、グリップ位置よりもヘッドが先行するヘッドファーストインパクトをイメージし、ドローボールに球筋を変えたという。その成果が10月中旬の日本オープンから出始めた。4位タイという好成績を収めてから、予選落ちはなく、試合を重ねるたびに成績が上がり続けて来ていたのだ。

「この勢いで来週もベストテン入りしてツアー最終戦の切符を手に入れますよ」。宮瀬は満足した顔でクラブハウスを後にした。